2008年02月01日

ウーちゃん、有難う

1月27日 AM3:40
コリーの ウイリー君が 虹の橋へと 旅立ちました。
ここ10日程、ご飯を ほとんど食べなくなっていたので
覚悟はしていました。
26日のPM11:00過ぎ、鳴く声が
普段と違います。
庭に出してあげると トイレを済ました途端に
その場に 倒れこみました。
ウイリー君は 外の犬舎で暮していましたので
急いで マットや毛布を敷き
何とか抱え込み 毛布の上に 寝かせてあげました。
歯茎や 舌の色が 変わっています。

 「もう 行っちゃうんだね。」

余分に 毛布を持ち込み
腕枕で ずーと さすりながら 添い寝をしました。
時々 体を起こし 私をじーと 見つめます。

 「ブーちゃん、アンディ、ファング、かんなちゃん、
   ウーちゃんが 苦しまないように
    お迎えにきてあげて。」

 「ウーちゃん、我慢したらいけないよ。
   向こうにも 皆 居るでしょ。
  じきに 母さんも行くからね。
   しばらくの間だけ、 お別れね。
  また 会おうね。一緒に皆で 暮そうね。」

ウイリー君は 苦しむ事も無く
私の顔を 見つめながら 旅立ちました。
11歳でした。
3歳の時に 血小板がなくなるという病気で

 「余命3ヶ月」

と 宣告されました。
このブログの 初め頃の「ウー君、男前」に 書いてあります。
あれから8年、よく頑張ってくれました。

 「ウーちゃん、有難う。」

ウイリー君ほど 穏やかで優しい子には
二度と 出会わ無いと 思います。
人からも 色んな動物からも 好かれていた子です。
正直、淋しいです。
でも ウイリー君に 添い寝をしていた時に 思いました。

 「センターの子達も 逝くのならば
    こうやって 大好きな飼い主さんの腕の中で
   逝きたかっただろうな・・・」

この世に 生まれて来た以上は
いつかは 

 「死」 

は 訪れます。
出来るならば

  望まれて 生まれ
  惜しまれて 死を 迎えて欲しいです。

犬達は 生まれる事も、生きる場所も、生き方も、逝き方も
自分では 選ばせてもらえません。
全て 人間の勝手です。
人間達に もっと

 「命の 重み」
 「命を 預かる責任」
 「命と 触れ合う安らぎ」
 「命に 導いてもらう成長」

気付いてもらいたいです。


2月2日から 2月10日まで
新居浜市西町の

 「ギャラリーつるべ」さん

で 9:00〜16:00

 「ワンニャン写真展  天使たち」

を 開催しています。
優しい飼い主さんの下で 幸せに暮している子達の
写真展です。
元論、エコちゃん、サン君はじめ
ウイリー君、グレートデンのアンディ君や
猫のらんま君と目の見えない花子ちゃんとの
ほほえましい写真も 展示してます。
お近くの方は モーニングやランチを兼ねて
是非 行って見てください。
「ボクは太陽(サン)」の NO1も 展示しています。

  可愛い「命」に 触れてみてくださいね。

ニックネーム ecolo at 13:37| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 穏やかで優しくって、他の動物からも好かれていたウィリー君…「…時々、この子は本当に天使なんじゃないかと思うことがある…」と私がお世話になった愛護団体の方が言っておられました。
 ウィリー君とお会いしたことはありませんが、きっと そのような感じの子なのでしょうね。
 …私がその方に 頼みこんで、センターから引き出してもらった15歳位の子も、不思議な雰囲気のある子でした。
センターに収容されていた時には 感情をなくしたかのような表情をしていた子が、楽しそうな表情をしてくれるようになり、(短い期間ではありましたが)かけがえのない時間を私に与えてくれました。
 お別れは まだ悲しいですが、この子をセンターで死なせずに、最期のときを一緒に過ごすことができて、よかったと思っています。
 センターにいる子達、みんな、それぞれに いい子なのでしょうね…。

 センターで「選択」せざるを得ないことは、非常に辛いことだと思います。
その辛すぎることをして下さっているからこそ、助かっている命があるのですね。
感謝いたします。ありがとうございます。
Posted by ぷーどり at 2008年02月01日 16:05
ウーちゃん副作用にも負けずに
がんばったんだね。
えらかったね。
おかあさんに添い寝してもらって
旅立ったんだね。よかったね。

別れは、ほんとに悲しくさみしいですね
でも、腕まくらして最後を見取ってあげて
ウーちゃんも母さんもよかったですね。

ほんとに全ての犬猫達が
大好きな飼い主の腕の中で最後をむかえる事が
できるようになったらと思います。

Posted by モモタママ at 2008年02月02日 14:15
「ウーちゃん」母さんにダッコされながらいっちゃったんですね、
「ウーちゃん」はエコ母さんのところに来て幸せだったね、
エコ母さんは「ウーちゃん」のことは忘れないよ
君だってエコ母さんの事、ずぅーーーーと忘れないものね。
Posted by 和泉 at 2008年02月07日 20:15
ぷーどりさん、モモタママさん、和泉さん、
皆様、本当に有難うございます。
昨年秋から 色んな出会いと 色んな別れが
交互に訪れ、 凄く考えてしまいました。
でも 素直に「大好き、愛しているよ。」
で いいんですよね。
これからも 皆様や 犬達、猫達に

 「有難う」

が 言えるよう 頑張って行きます。
Posted by エコちゃんの母 at 2008年02月08日 17:59
「望まれて 生まれ
  惜しまれて 死を 迎えて欲しいです」
私も そう願います。
動物の出生を、人間はコントロールすることができるので、
どうしても産ませるならば、
望んで、望んで、その子達の一生が幸せなものになるように、でき得る限りのことをする覚悟が必要だと私は思っています。
(ときに不測の事態がおこってしまう場合もありますが。。)

昨年、私は2つの命を見送ってしまうことになりました。
いつまでも、悲しんでいるだけでは、いけないと思いながらも、じたばた もがいていた一年でした。
…まだ悲しいですが、やっと
「有難う。いつまでも、あなた達のこと、大好きだよ。」と言えるようになりました。

ウィリー君も、ブラウン君も、他の子達も、エコちゃんの母さんと出会えて、一緒に生活できたということは、本当に幸運だったと思います。
いつかは誰にでも訪れる死の時に、一番傍にいて欲しい誰かに傍にいてもらえる子は 幸せだったと思います。(それでも、やっぱり悲しいですが。。)
悲しみの深さは愛の深さと同じだと思います。
どうか、気持ちの上でも無理はなさいませんように。
Posted by ぷーどり at 2008年02月09日 14:15
ぷーどりさん、有難うございます。
今は 生きるために 私を必要としている子達の事を 一番に考える様にして行こうと思っています。
そして あの子達が一番望んでいた穏やかな暮らしが出来る子を 1頭でも多くしたいです。
それが 私の子供達になってくれた事への感謝の思いで またそうする事によって あの子達が いつも側に居てくれているみたいで・・・
あの子達に 死んでもなお 守ってもらっているんです。
静かな悲しみならば まだ耐え方法もあるでしょうが 悲惨な悲しみは 耐え難いです。
ぷーどりさんも 「有難う」が 言える様になって 良かったですね。きっとぷーどりさんの 子供達も 喜んでいますね。
Posted by エコちゃんの母 at 2008年02月12日 11:09